長門峡の初秋

    1

 月はかすかにおぼろげに、
 架線に腰かけ揺れていた。

 僕は盃揺らしてみたが、
 水面の月は消えゆくばかり。

 月光に侵食された僕は、
 苔蒸した街並みの夢を見る。

 森の中で、滝の中で、
 星屑になりたいと願った。

    2

 あなたは今ごろ、どこかしら。
 あなたの来世は、何かしら。

 あなたと同じ道を歩いたら、
 あなたと同じ歌を歌ったら。

 あなたと同じものを食べたら、
 私あなたに少しでも近づけるかしら。

 あなたを構成する要素と、
 私を構成する要素。

 少しは似通っているかしら。
 少しでも、あなたの近くにいられるかしら。

 あなたの歌ったあの川に、
 髪の毛一本、浮かべてきたの。

 あなたの歌ったあの川の、
 石を私、拾ってきたの。

 あなたの歌ったあの川の、
 水を私、泣きながら飲んできたの。

 それでもあなたはまだ遠い。
 それでもあなたは、空の上。

 私死んだら星になりたいの。
 あなたはそこにいるかしら。

 あなたはそこにいるかしら。

    3

 長門峡のペイヴメントは、
 獣道と見紛うばかり。

 右の耳に川は寄り添い、
 聞こえてくるは水のささやき。

 水曜朝に人はなく、
 僕はこの世に一人ぽっち。

 生命の息吹に、あなたの幻視に、
 盲信症の証明に、

 震えながら、恐れながら、
 しんしんと泣くほかに、
 僕は何のすべも持たなかった。

(2016年9月)

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